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仙台高等裁判所 昭和27年(う)83号 判決

控訴人 被告人 五嶋博

弁護人 佐藤達夫 外一名

検察官 屋代春雄関与

主文

本件控訴を棄却する。

理由

弁護人佐藤達夫、同袴田重司の各控訴趣意は記録に編綴の同弁護人等の各控訴趣意書の記載と同一であるから茲に引用する。

各控訴趣意第一点について、

しかし原判決挙示の原判示(二)(三)事実に関する証拠を綜合すれば優に同事実を認定しうべく記録を精査するにこの点に関する原判決には事実誤認を窺うべき事由や理由不備ないし採証上の経験則違反等の違法は存しない。各所論は原審の専権に属する採証を批難し或は独自の見解に基き原判決の認定を攻撃するものであつて採るをえない。論旨は理由がない。

同第二点について

原判決挙示の原判示(一)事実に関する証拠を綜合すれば優に同事実を認定しうべく記録を精査するにこの点に関する原判決には事実誤認を窺うべき事由や理由のくいちがい等の違法は存しない。なお記録によれば原審検察官は原審第八回公判において「被告人は昭和二十五年二月二十日午後四時頃仙台市七郷農業協同組合自動車置場より鈴木安治所有の自転車一台を窃取した」との訴因が認定されない場合「被告人は昭和二十五年三月五、六日頃仙台市木町通り六番地の被告人の自宅前において氏名不詳の者より盗品であることの情を知りながら中古自転車一台(鈴木安治が仙台市七郷農業協同組合自転車置場において盗まれたもの)を買受けた」事実を認定されたいと予備的に追加請求し、罪名罰条を窃盗罪、刑法第二百三十五条として処断しえない時は贓物故買罪、刑法第二百五十六条第二項(記録には刑法第二百五十六条第一項と記載されているが同条第二項の誤記と認める)として処断すべきであるとした。これに対し主任弁護人は訴因罰条の予備的追加には異議なしと述べ裁判官は右訴因罰条の予備的追加を許可したことが明認しうるのであつて原判決はこの予備的に追加された事実即ち贓物故買の事実を認定したのである。しかして其の証拠中に掲げている被告人の司法警察員平正主に対する第二回供述調書は原審第二回公判において検察官より「被告人の弁解、特に昭和二十五年六月二十日、同月二十一日の行動、繩についての弁解、及び六月二十日盗難にあつた自転車を同月十八日買受けたものである旨の弁解等の状況」を立証するため同第一、三回の各供述調書と共に取調を請求し、之に対し弁護人は取調に異議なしと述べ裁判官は同意のあつた右各供述調書につき証拠調をする旨を告げて適法な証拠調を施行したことが記録により確認しうるのであるから右各供述調書の被告人の弁解等の状況換言すれば前記予備的追加請求に係る事実の本位的訴因たる窃盗事実を含む合計三個の窃盗被告事件(予備的追加請求のあつた昭和二十五年(わ)第四一七号及び同(わ)第四六二号の公訴事実)についての弁解状況等を立証する証拠として取調を請求し弁護人は其の取調請求につき異議を述べなかつたものであつて単に昭和二十五年(わ)第四六二号事件の公訴事実について弁解状況の証拠として取り調べられたものでないことは明らかである。よつて前記第二回供述調書を基本的事実において同一な一罪の一部である敍上贓物故買事実の証拠として採用したからといつても被告人側の防禦に何等の消長を来すものでないから毫も違法の点は存しないというべきである。斯くの如き本位的訴因についての証拠は予備的に追加された訴因についての証拠に当然なると解することこそ蓋し予備的追加訴因の制度を認めた立法の精神に合致するものである。又これら供述調書は警察官より前記三個の窃盗被疑者として尋問すること、終始沈黙し又は個々の質問に対し陳述を拒むことが出来る旨を告げられた上なされた供述記載である以上基本的事実において異らない前記予備的追加事実について改めて同一の告知をする要なく直ちに採つて之を予備的追加事実である贓物故買事実認定の資料とすることは毫も妨げないところであると解すべきである。なお原判決は、自白のみによつて犯罪成立要件の一部である「贓物知情」の点を認定したことを窺知しうるが犯罪事実の一部について被告人の自白以外に証拠がない場合にそれと他の証拠を綜合して犯罪事実全体を認定することは刑事訴訟法第三百十九条第二項の趣旨に反するものではなく之をもつて違法とすることは出来ない。本件において原判決は判示(一)の事実について被告人の自白の外幾多の証拠を掲げているのであるから「贓物知情」という贓物故買罪成立要件の一部に過ぎない点について被告人の自白の外に他に証拠を挙げていないからといつて前記法律の規定に違背し採証の法則を誤つて事実を不法に認定したということは出来ない。次に原判決は右判示(一)事実認定の証拠に桜井勇之助の検察事務官に対する第一回供述調書中の供述を掲げ其の一部である「右自転車は五嶋が窃んだものだということを警察の方から聞いた」との部分をも採用していることは記録上明らかであるが右括弧内の事項は伝聞事項であるから直ちに之をもつて被告人の窃盗事実認定の証拠となしえないことは洵に明瞭であるが原判決は他の証拠と綜合して之を被告人の贓物故買事実認定の一資料としたのであるから採証上何等の違法も存しない。各所論は孰れも独自の見解に基いて原審の認定を批難攻撃するものであつて到底採用することは出来ない。従つて論旨は理由がない。

同第三点について、

記録を仔細に調査し、被告人の経歴、家族、前科等の関係、犯行の動機態様、犯行後の情況、其の他諸般の情状を斟酌考量して原審の量刑を検討するに重きに失する不当があると認めることは出来ないから各論旨は採用しない。

よつて刑事訴訟法第三百九十六条に則り本件控訴を棄却すべきものとして主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大野正太郎 裁判官 松村美佐男 裁判官 蓮見重治)

弁護人佐藤達夫の控訴趣意

第一点原判決は(二)同年六月二十日仙台市役所自転車置場から大和嘉一郎の保管に係る自転車一台を窃取し (三)同月二十一日同市東三番丁仙台中央保健所玄関前から、右保健所所有の自転車一台を窃取したと認定しておるが、それは事実の誤認であり、又右事実の認定は証拠によらないものであるから破棄すべきである。

一、被告人及び弁護人は判示(二)、(三)の自転車は自ら盗んだものでなく金玉林という朝鮮人から買い受けたものであるという主張に対して、原判決は、「被告人が盗難被害のあつた日時から幾何もない時において、その盗贓を所持していた事実を正当に理由づけ得て前掲諸証拠による判示認定を左右し得るような証拠は全く見当らない。」と結論づけておるが、それは理論的にも挙証責任の法理から論じても逆ではないか。被告人が真犯人であり、自転車の盗難は被告人の行為であるという積極的な証拠即ち確証がなければならない。本件にはそれがない。ただ推測の出来る程度の証拠はある。昭和二十五年七月二十二日第一回起訴以来昭和二十六年十二月一日弁論を終結するまで、九回の公判を開き、各方面の証拠書類、証拠物を提出され多数の証人が尋問され、検察官においては、被告人は真犯人であり、右判示(二)、(三)の犯罪は被告人の行為であるとの証明にこれつとめたのであるが、遺憾ながらそれを証明することが出来なかつた。止むを得ず検察官は第八回公判期日に於て予備的に贓物故買罪の追加請求されたのであるが、それは検察官自ら被告人が真犯人であり、判示犯罪が被告人の行為であると云う証明の自信を失つたに他ならないものである。

二、昭和二十五年六月二十日及同月二十一日の被告人の動静によつて被告人が判示(二)、(三)の犯罪の真犯人でもなければ又被告人の行為でもないという証明充分ありと弁護人は信ずる。被告人の第一回公判期日における供述によれば、六月二十日は当時妻が産後のため臥床しており、子供のおしめの始末等をし、自転車は金玉林から買つた旨を述べており、同六月二十一日は、進藤方を訪れ佐々木古着屋を訪れる等して居り、本件とは何等関係なく、このことは第二回公判期日における証人進藤清孝、進藤信子、川村かつ子、進藤あい子、五島もと子の各証言及び第四回公判期日における証人佐々木清吾の証言、被告人の検察事務官に対する第一回供述調書(昭和二十五年七月三日附)により明白である。然しながらこれと相反する如き供述及び供述記載もあるので之を検討する。(記録編綴の順に)1、五島もと子の司法警察員に対する第一回供述調書(昭和二十五年六月二十一日附)「六月二十日午後(夕方)古い自転車を一台持つて来、翌二十一日午前中それに乗つて出て、午後新しいのを一台持つて来た」旨述べているが、然しこれは他の客観的事実を無視し、被告人の出入と自転車との事だけを録取したからこうなつたのであり、被告人が外で金玉林と取引したのであるから、右供述記載は何等被告人の供述と矛盾しない。2、同人の第三回供述調書(昭和二十五年七月十一日附)「六月二十一日のこと、夫(被告人)は殆んど家に居た。私は寝ていた。二度程家を出た。第一回目は午前十時頃夫一人で徒歩で、そして約一時間位して徒歩で帰り、昼食し、午後一時頃又徒歩で出かけ三十分位して朝鮮人から買つたという自転車で帰り、約二十分してその自転車で出かけ、約一時間位して帰り、約十分して又出かけ、その途中逮捕された。」旨を述べている。然しこれも前同様被告人の出入に関することのみであり、これと被告人の弁解とを併せ考えれば、何ら矛盾しない。(なお被告人の出入に関するというのは右供述により明らかな如く、供述者はその日「寝ていた」から外部のことまで知り得ないで筈ある。)3、同人の検察事務官に対する第一回供述調書(昭和二十五年六月三十日附)前同旨の供述であり、前同様のことがいえる。4、進藤清孝、同信子、の各警察における供述記載右両名の警察における供述は公判廷における証言と必ずしも一致しないことは検察官の指摘するとおりである。然しながら右両名はその供述当時は被告人が自転車を「何処からか盗んで来たのではないかと思つて居た。」(進藤信孝の司法警察員に対する第一回供述調書、六月二十三日附)ので、警察官同様被告人を犯人なりと独断し、それにかかわり合いの生ずることを恐れて、一切関係なしとした供述に過ぎない。さればこそ清孝は六月二十日は午前八時から午後三時迄就寝していたと述べ、又六月二十一日は昼過ぎ友人のところに行き、午後五時頃帰宅したと述べ、一方信子は、その頃は朝六時頃出かけ夕方五時頃帰宅するのが常であつたと述べ、いづれも本件犯行に関係なき点のみを強調しているのである。更にこの間の事情は、清孝が自分の自転車に関する供述となると極度にそれを警戒している如き記載でも知り得る。即ち前記進藤清孝の司法警察員に対する第一回供述調書によれば「自転車に関しては、五島と関係ありません。」「五島に自転車のあつせんを依頼したことありません。」と述べながら直ぐ後で「五島と一台だけ自転車の取引があつた。」として「なみ子というパン助」との自転車売買の一件を述べ、そして「それ以外には絶対にありません。」といいながらその後検察事務官に対する供述(昭和二十五年八月四日附第一回供述調書)の際は、「五島にたのまれ、昭和二十五年六月初旬近所の上園さんに中古自転車を一台売つてやる世話をしたことがある。」旨を述べて居り、その供述は一貫しない。以上の供述から進藤清孝の心の底を流れるものは被告人の事件のため、徒に累の我が身に及ぶことのみを汲々としている如くであり、さればこそ事自転車となれば口を閉じて語らずという状態であつた。

以上の様に被告人の動静は明かである。ただ被告人には窃盗及窃盗未遂の前科があるので彼の供述は往々にして措信されない事である。その先入感が誤判の基いとなつたのではないかと弁護人は愚考する。公判廷における証人中、進藤清孝、進藤信子、川村かつ子、進藤あい子、五島もと子の各証言の内容と警察員及検察官に対する供述とのくい違いがあるが、右証人等の公判廷における被告人の六月二十日及六月二十一日の動静に関する供述は合理性もあり、常識的でもあり、その各証言は信じらるべきものと弁護人は確信する。要するに本件は疑わしき事件たることは免れないのであるが断罪の証明充分であるとはどうしても云うことが出来ないと弁護人は確信する。若し貴裁判所に於て自ら裁判下さるなら無罪の御判決を願いたい。

第二点原判決は(一) 昭和二十五年三月初頃肩書自宅附近で氏名不詳の者から贓物であることを知り乍ら自転車一台(鈴木安治が仙台市七郷農業協同組合自転車置場において盗まれたもの)を買受けて故買したと認定しておるが、それは事実の誤認であり、又右事実の誤認は証拠のないものであるから破棄すべきである。

一、第八回公判において検察官は訴因罰条の追加請求をすると述べ、もし窃盗罪が成立しないとすれば、昭和二十五年(わ)第四一七号事件の訴因を、被告人は昭和二十五年三月五、六日頃仙台市木町通り六番地の被告人自宅前において氏名不詳の者より盗品であることの情を知り乍ら中古自転車一台を買受け、刑法第二百五十六条第一項(二項の誤りならん)と予備的に追加すると述べた。主任弁護人は、右訴因罰条の追加請求に異議ないと述べた。裁判官は、右訴因罰条追加を許可する旨を告げた上、被告人に対し、右訴因罰条の追加された点を告げ、これについて何か陳述することがないかと問うたところ、被告人は、私は盗品であるとは知りませんでした。と答へた。以上の程度で第八回公判は続行となり、第九回公判に於ては訴訟関係人等は、反証の取調べその他の方法により証拠の証明力を争うことがない旨を告げて、検察官の意見の陳述、各弁護人の意見の陳述によつて終結したのである。

二、右の如く検察官は第八回公判に於て予備的に訴因及罰条を追加請求したが、予備的訴因殊に被告人が否認しておる知情に関する証拠は一切提出しておらない。かくのごとき場合検察官が窃盗罪の立証趣旨を述べ提出した各証拠が直ちに予備的訴因殊に被告人が否認する知情の証拠にはならない。故に予備的訴因の(一)の判示中被告人の否認する知情については証拠がない。

三、原判決は被告人の司法警察員平正主に対する第二回供述調書(昭和二十五年六月二十二日附)の中、一部を証拠としておるが、右供述調書は、第五回公判に於て、検察官は、「九、被告人の弁解特に昭和二十五年六月二十日、同月二十一日の行動、繩についての弁解及び六月二十日盗難にあつた自転車を六月十八日買受けたものである旨の弁解等の状況について、司法警察員平正主の録取した被告人の昭和二十五年六月二十一日付第一回、同年六月二十二日付第二回、同年三十日付第三回の各供述調書」を提出しておる。弁護人は、右三供述調書は根本において窃盗犯を否認し、六月二十日、六月二十一日の行動についての供述であるのでその証拠調に異議がないと述べたのである。検察官の立証趣旨はどこまでも、六月二十日及同月二十一日のことについての立証であつて昭和二十五年七月二十二日付起訴状記載の犯罪事実の立証でもなく又追加訴因の犯罪事実の立証でもない。それを原判決が追加訴因殊に被告人が否認しておる知情の証拠に採用したことは採証法上違法である。右供述調書が証拠にならないのであるから、(一)判示中知情に関する証拠はないことになる。

四、右被告人の司法警察員平正主に対する第二回供述調書はそれ自体予備的訴因殊に知情に関する証拠にはならないばかりでなく被告人の供述態度からして真実性合理性がなく且つ任意性がない。右第二回供述調書を通覧すると明らかな様に、先づ被告人は警察員より窃盗被疑者として尋問する旨を告げられ、その問に対して黙否権、拒否権がある旨を告げられて尋問されておる。贓物故買罪の黙否権、拒否権は告げられていない。そこに被告人の供述態度に不用意且つ真面目さを欠いておるようだ。極論すると出鱈目とも云い得る。その調書によると、「七、これから私が持つていた自転車のことについて申上げます。今年の六月十八日午前十時頃私が家に居りますと顔知りの男が一人来ました」云々から始まるのであるが、その持つていた自転車というのは判示(二)の自転車のようであり、それを金玉林という朝鮮人から買つたのである。昨日も買つた。又金玉林の相棒という男からも、今年の三月頃二台買つた。又「鈴木なをゆき」からも買つた。それが何れも盗んで来たものだなあと判つた様なことを供述しておるが、若しこれを贓物故買罪の被疑者として取調べる旨を警察員から黙否権、拒否権を告げられ調べられたら被告人の供述内容及びその態度が異るであらうことは容易に想像が出来る。そうしたことを可能とする供述調書は真実性も合理性も、任意性もないものとして知情に関する断罪の証拠にはすべきものではない。

五、仮りに右供述調書が証拠になるものとするも、それは警察員に対する被告人が被疑者時代の自白に他ならない(特に知情に関する部分)。被告人は第八回の公判には知情に関して否認しておるのであるから、右自白供述調書のみでは断罪の証拠にすることが出来ない。尤も原判決は右自白の裏付け証拠として早坂弘次の検察事務官に対する第一回供述調書及桜井勇之助の検察事務官に対する第一回供述調書の各一部を援用しておるが、右調書にては被告人が昭和二十五年三月初旬頃肩書自宅附近で氏名不詳の者から贓物であることを知り乍ら自転車一台を買受けたかどうかの中、贓物であることを知り乍ら買受けたという点の右自白の裏付けになる様な記載はない。むしろ被告人が買受けたのでなく盗んだのであるという記載がある。要するに右被告人の警察員平正主に対する第二回の供述調書中、盗んだものであることを知つたということの自白即ち知情に関する自白は任意性がないばかりでなく、その自白が被告人に不利益な唯一の証拠であるから、それを知情の証拠として有罪の判決をすることが出来ない。

第三点原判決は「被告人を懲役一年六月及罰金五千円に処する。」との判決をしておるが、右判決は刑の量定に於て不当である。貴裁判所で自ら御裁判下され執行猶予の御判決あつて然るべき事件だと思うから、是非執行猶予の御判決を願いたい。

一、本件は、昭和二十五年七月二十二日起訴以来長期間の審理にも拘らず確証を得られなかつた事件であつた。然し疑えば疑う事の出来る事件で被告人が窃盗犯人であるであらう、盗品たることを知り乍ら買受けたであらう、という推測出来る程度の証拠はある。この場合「疑はしきは罰せず」とか「被告人の利益に」とかという教に従つて本件を無罪の判決あつて然るべきだと弁護人は確信するのであるが、万が一にも貴裁判所の御賢察が有罪であるという場合、少くとも懲役刑には執行猶予の御判決を願いたい。

二、被告人は仙台市六十人町にて五島{胞衣}治の二男として生まれ、両親の元に育ち南材小学校、八軒小路高等小学校卒業後、宮城県立農学校獣医畜産科を学び中途にして昭和十九年二月志願して兵隊となり、各部隊に所属して、満洲、支那、台湾、仏印に渡り、タイ国を経て、ビルマに行き、そこで終戦となつて昭和二十一年六月頃復員したのである。復員後は終戦後の混乱時代とて父の経営する農業に手伝つたり、松島のパークホテルのボーイになつたり、飴の小売商になつたり、定まつた職業もなく暮し、昭和二十一年十一月、もと子(二十三才)と結婚し子供は現在二人である。財産としては借地して三坪位の木造平屋建居家があり、そこに居住し、三尺四方位を店舗として飴の小売をしておる。家財道具、見積り金二万円位、昭和二十五年三月頃から六月頃迄の収入は約一万位あつた。

三、当時妻のお産、その為の入院その費用の捻出の為め、飴の小売の外、みあきない等をしておつた。それでも足りなかつたと見えて、朝鮮人なり日本人なり住所氏名の明らかでない者より自転車を買つたり世話したりして多少の収入を得ておつた矢先昭和二十五年六月二十一日窃盗被疑者として逮捕され、今日に及んでおる。被告人は窃盗及窃盗未遂で懲役一年、二年間の執行猶予という前科があるという事と盗品に相当する自転車を所持しておつたというので、嫌疑を深くされたのである。然し逮捕後、起訴後、保釈中、公判中、今日に至る約三年間の生活、被告人自身の父、妻の父、実家、及妻の家族との関係、円満な生活を送つておること、今度は疑はしき行動は一切なく、妻の父の経営する飴の行商、外交等をして真面目而も好成績を上げておる。(その詳細は袴田弁護人の控訴趣意書第三点に記載されておるから、その記載を援用する。)

幸いに公判中に二ケ年の執行猶予期間も終了しておるのであるから、本件に関して執行猶予の御恩典に浴することが法律上可能の様に思料される。被告人は二十七才にもなり、妻あり子あり而も現在は定職を得て真面目に従事し、家庭も円満に暮しておるものを敢えて実刑を科する必要はないと思う。国家が独立という喜びを迎えると同時に被告人にも本当に独立心を奮起さして家業に従事し、更正せしめ独立後の国民としての責任を全うしてもらはねばならない。かくするにも裁判の御恩典に浴せしめ、感謝せしむるにしかずと弁護人は思料するので、強いて執行猶予の御判決を御願いする次第である。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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